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夢見るおっさん
先日BBSに書き込みしていただいたJoeさんの「撮影雑記」に、
「夢見る少女なら可愛くもあるが、夢見るおっさんほどブサイクなものはない。」
という表現があった。ツボに入ってしまって、しばらく笑った後も記憶に残っていた。
(Joeさん、勝手に引用して申し訳ありません)
“夢見るおっさん”という状態は、まさに今の私だと思った。
個人撮影になるだけで、今まで撮影会で撮っていたような作風ではなくなって、
映画のような、ビジュアル誌のような、絵本のような... 作品が出来るとか。
Webで募集しつつ、街でスカウトしていたら素敵なモデルに出遭えるかも、とか。
扉を開ける前にその向こう側を思い描いている自分が滑稽で笑えた。
このままだと夢を見たまま棺桶へ....てなことになりそうだ。
まあ、とにかく私が個撮でどんな写真を撮れるのか、口ばかりでなく早くお見せするべきだろう。
これは前から思っていて、派遣会社からモデルを借りて撮ってみようとも思っていたが、
プロのモデルとはいえ、一度きりの撮影では衣装やらロケーションの打ち合わせ、
コンセプトやらシナリオやら消化しきれずに終わりそうでもある。
何より意思の疎通というか多少なりともお互いを分かり合うには時間が足りない。
だからといって回を重ねるにはコストが嵩む。
そして、いつも思い悩むのは、モデル側のメリット。
私のサイトに写真が掲載されたとして、それを見た映画監督や、有名企業や、
タレント事務所がモデルにオファーを...なんてことが期待できるだろうか?
いや、そんな弱気ではモデルに対して失礼だ。
私に撮って貰えて嬉しいって思ってもらえるか、なんてそれこそ“夢みるおっさん”だ。
撮る側 撮られる側
私は写真を撮られるのが苦手、いや苦痛だ。
集合写真も誰かの影に隠れて写らないようにする。
これはたぶん私の中のこう在りたい自分と、印画紙に投影された自分の違いを
許容できないからだと思う。
多くの部分で“こう在りたい自分”と“真実の自分”とは 異なるのだ ということは
受け入れてきたと思っているけれど...
撮られるのが嫌い などと言うと、きっと笑うひとが一人いる。
十数年前のこと、のちに妻となったひとと私は、休みとなれば車で出掛けた。
そして、コンパクトカメラで私は彼女の姿をたくさんフィルムに焼き付けた。
そのころも私は撮られるのが嫌いで、残っている写真はあまり無い。
いつだったか季節はずれの浜辺で、彼女が撮りたいからと言って私を立たせた。
背景か何かが気に入ったのかもしれない。
そのとき私の頭の中に、あるイメージが浮かんで、
私はポケットに手を突っ込み、目線をわざと外した。
彼女は「こっちを向いて」という。
私は、いいからこのまま撮って欲しいといった。
彼女は少し笑っていた。
そう、目の前の男は写真嫌いどころかナルそのものに見える。
そのとき撮った写真は男性ファッション誌の広告のような構図であった。
同プリからあがった時も、アルバムに収めたあとも、
その写真を見るたび彼女は微笑む。
彼女の中に無い、今までに見せていなかった私を見せたこと、
彼女が撮りたいという気持ちに私が精一杯の表現で答えたことに、
喜んでもらえたのかもしれない。
結局、後にも先にもこんなことをしたのはこれっきりだけど。
たしか同じ日に撮った写真で私の一番好きな写真がある。
私が少し先を歩いていたとき、彼女は車の後ろにしゃがんで隠れた。
気が付いて、彼女を見つけたとき私はシャッターをきった。
普段、自分を表現することを抑えているように感じる彼女の、
今まで見たことのない、無防備でやさしい笑顔だった。
そのときの笑顔は今でもどんな女優、モデルよりも素晴らしいと思っている。
一番感動を与えるのは、撮られる側が撮る側に向けた気持ちと受け取った人の心。
本当に素晴らしい写真って、当事者ふたりにしか与えられないものなのかもしれない。
これから...
アクセスがいつもの数値あたりに戻りました。 この間、何も反響が無いのが寂しい限り...
ポートレートのページのほうが、より知られることとなったわけですが、
こちらのほうは再三書いているように個人撮影にシフトしていこうと思っています。
肝心のモデル探しが一向に進んでいないのですが、その間を撮影会ではなく、
準備に当てたいと思っています。レフを固定する細工とか、ロケハンです。
ロケハンのときにはもちろんモデル探しも兼ねて、と思っているのですが、
手伝ってもらおうと思っていた女性は都合が悪くなってしまったので、 ひとりでスカウトです。
暖かくなるまでの間、のんびり下絵を描くように楽しんでゆけたら...と思っています。
うちはスナップがメインなのですから、もちろんこちらのほうを充実させてゆこうと思ってます。
できれば道内旅行くらいには出掛けたいですね、先日の列車での小樽行きで
旅心を刺激されました。
機材論
私のサイトには使用機材の紹介コーナーがありません。
これは、開設当初のお客さんがカミさんの友達とか、
会社の友人や本社の総務経理のお嬢さんたちだったからです。
「趣味は?」と訊かれて、「写真」と答えると、
「どんなものを撮っているの?」と聞かれるから、
当時デジタルだった私はプリントするよりWEBのほうが都合が良かったのです。
ほとんどがカメラやレンズにまで関心の無い人たちなので、
写真を見る眼もストレートだし、写真を楽しむことが、
むしろ機材にこだわっている人より上手だと思うことがあります。
彼、彼女らには一眼レフという言葉さえ届かないので、
撮影データなどではなく、 撮影時のエピソードやら私が受けた印象などを添えて見てもらうようにしました。
その文章が楽しいと言ってくれる人もいて、考えるのが楽しくもあり、時に苦しくもある作業です。
例外としてモデルさんの写真にはコメントはつけていません。
主観的なことを書いてご本人や事務所にご迷惑をかけることを避けたいからです。
写真を見る人の大多数はカメラ機材に詳しくない人だと思います。
そしてそういう人たちこそ、写真を自由に楽しんでいると思うのです。
多くの写真は商業ベースに載って我々の目に触れます。
そういった写真は、いわゆるお仕事カメラで撮っていて、趣味のカメラと違うという場合があります。
もちろん私だって機材に少なからずこだわっていることはあるし、
それ自体が良くないこととは思っていません。
けれど、手段と目的が入れ替わってはいけません。
はてさて、多くの人の心を動かすのはカメラマンのこだわりのレンズなのか?
ガチガチにポーズを決めたブツ撮りのようなポートレートを撮って、モデルは嬉しいのか?
そもそもグラビアをはじめ、多くの女性写真は被写体である女性を 皆に知って欲しい、
そして愛して欲しいという思いで届けられているのではないでしょうか?
私の撮るポートレートは見る人にモデルへの愛情を湧かせるものになれるのだろうか?
そしてモデル自身に「こういう写真を撮って欲しかった」と感じてもらえるのだろうか?
本当にこだわらなくてはならないのは、これだけのような気が、今はしている。
だから私は行き詰まっている。
初心に帰る
撮影会というのはポートレートに興味の無い人には異様な場
私は撮影会に初参加してからまだ一年も経っていないのですが、早くも食傷気味です。
そこで初心に帰るということと自戒の意味でいろいろなサイトを参考にさせていただいています。
そこで無意識のうちにやってしまっていることに気付かせてもらいました。
写真に限らず芸術家さんは自分のスタイルに凝り固まってしまうことが多い。
それが良いか悪いかは別にして、
人の話に耳を傾け、自分と照らし合わせてみるのも大事なことだと思う。
お子様ランチ
レストランでお子様ランチを食べるのが私の密かな楽しみ...
というわけではありません。
お子様ランチを卒業しよう、というのが今回の提案です。
Sweetとお子様ランチは違います
Cuteとお子様ランチも違います
Lovelyとお子様ランチもまた、違います
精神的な甘さと、表現としての甘さは次元の違うものです。
松浦亜弥とBB(ブリジット・バルドー)くらい違います。
Slow is Beautiful
先日、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭へ行ってきました。
いろいろな映画を見たのですが、印象に残ったのが中野裕之監督の「Short
Films」でした。
長い尺で麻生久美子嬢を見ることができたので、幸せでした。
中野監督は久美子嬢に「女優魂にシビれた...」「とにかく久美子ちゃんを撮りたかった」と、
かなりの惚れ込みようで、彼女は短編6作+α中、4作品に出演。
ココまで読んで、麻生久美子さんがわからない方へ
佐川急便のCMや柴咲コウとの共演CM、最近ではクロレッツのCMなどに出演されてます。
映画は「贅沢な骨」とか、「Red Shadow」などがありますね。
で、表題の「Slow is Beautiful」(前述の「Short Films」短編のひとつ)で、
出掛ける前に鏡の前で髪型をどうするか思案してるシーンがすごぉくスキです。
DVD化されるようなので、繰り返し繰り返し見たいシーンです。
私は何かに強く惹かれたとき、どこのどういうところに惹かれたのかを
分析するようにしています。きっとそれらには共通のものがあるハズ...
だから何度も見たり、スクラップしたり... (だから写真を撮るのかもしれません)
久美子嬢曰く、「私をあんなふうに撮ってくれた人はいない」という中野監督。
私もその魂にシビれるようなモデルに出遭えて、継続して撮り続けてゆけて、
本人に喜んでもらえたらシアワセです。
思いは重い? 再掲(remix)
ここに遊びにきてくださっている方の中には、自分でポートレートを撮られている方も多いはず。
そんな方なら分かって頂けるでしょうが、モデルの方をファインダーに捉えている時には
その女性の表情などに高揚しながらも、このフレーミングでこの表情を...
なんて強い思いを込めてシャッターを切っているものです。
“写真は引き算”とか言いつつも、この位置にこれを入れてとか、
現場の空気を知らない人にとっては「何故これを?」と思われるようなものまで入れこんでみたり。
でもって、ポジをルーペで覗いては一喜一憂し、
セレクト中も、まるで今日のデートを反芻する少年のようにはしゃいでいたりします。
だ・け・ど....
この前、とあるところで私のHPを見せる機会があったのです。
スナップには関心なく、ポートレートに一直線。
好みの女性らしき人をクリックして気になる写真をパラパラ... 一枚につき2,3秒でした。
撮った人の思い入れなんて届かない、というか不要なモノかも?
なんて、そのあともずいぶん考えてしまいました。
まぁ、写真に興味のないお友達がそんな感じで見ているのは知っているんです。
むしろスナップを楽しんでくれているから。
この「Voice」についても同じこと、さらさらっと目を泳がせて、
気になった語句のところだけを読む、という人が多い。
私は本も雑誌も何度も繰り返し読みます。映像も同じ、繰り返し何度も。
一緒に暮らす人に「どうして何度も読めるの?」と訊かれたことがあって、
「以前読んだときには分からなかった事が、解るようになっている事がある。
そのとき必要ではなかった情報が、今必要になっていることもある。」と答えたことがありました。
だからうちのサイトを隅々まで見て!、ということではありませんよ。
写真が趣味だからといって、写真誌ばかりを見ていない。
最近は写真を見るより絵画を見たい。
陳淑芬さんの画集を集めた。(これは絵画と言うよりCG肖像画)
ポートレートで煮詰まっていたから、カメラを置いてタブレットのペンに持ち替えようとも思った。
表現の手段はひとつではない。
中野裕之監督の「S O N I C F O U R」を観て、DV CAMが欲しくなった。
一瞬一瞬を逃したくないから連写をする。ならいっそのことMOVIEがイイ。
狭い世界の中で、そこがこの世のすべてであるような錯覚にとらわれたくない。
Searchin’ for ... 再掲(remix)
「写真の上手いヤツはいくらでもいる」
この台詞は誰かの受け売りだ。
(残念ながら私の写真は上手いとはとても言えないような代物だ)
モデルにしたいようなイイ女も、街を歩いていれば何人も見かける。
(探すのはそんなに大変なことではないハズ)
10年も前なら声をかけるくらいは平気だったのに...
今もその場で撮らせてもらうくらいならOKしてくれるコもいるだろう。
個人撮影をしたくて、モデル募集を始めてみたけれど、
ネット上の写真と文章を見ただけで申し込んでもらえるなんて、
そうそう期待できるわけも無い。
好きでもない男にファインダー越しにずっと見つめられるのだから、
ましてや1対1だというのだから、
モデル自身に何か得られるものが無くては、やってられないことだと思う。
プロのモデルならギャラ、となるのだろう。
それでもやってられないと思うことはあるらしいから、
ノーギャラでお願いする場合、どんなモノを提供したらよいのだろう?
写真を撮られることに抵抗や苦手意識を持つ女性は多い。
カメコというのも厄介な存在だ。
私はそういう存在を否定する気持ちは無い。
だけど世の中の「女性ポートレート専門アマチュアカメラマン」に対する
認識はなんとなく想像がつく。
路上において、 私が盗撮系でもナンパ○○撮り系でもなく、
すぐ脱がせようとするヤツでもなく、 撮影というのは口実で、
美人・かわいい女性とお近づきになりたいだけ という訳でもないということを、
どうしたら理解してもらえるのか...
というか、そんな気苦労をしなくてはならないジャンルに 挑んでいるのだということを思い知る。
自分の写真をブックにして持ち歩くように心がける。
私は映画やミュージック・クリップを見るのが好きだ。
女性が一度目を伏せて、すっとこちらを見つめる。
その一連の動作に胸が打ち抜かれることがある。
力のこもった瞳よりも、閉じかけた瞳に強い訴求力を感じることもある。
口角を上げて微笑んでいるより、少し開いた唇に釘付けになることがある。
唇はずっと開いているわけではないから、これも短い時間の出来事だ。
そんな一瞬(鏡の前では見ることのできない自分)を、
流れの中での手脚の絶妙なバランスを、
フィルムの上に切り取りたくて、私は写真を始めた。
そこに価値を見出してくれるのなら、
そんな私の撮る写真が欲しいと思ってもらえたなら、
あなたにとっての「何か得られるもの」になるのだろうか?
R-MAGICやJoe's galleryのようなモデルとの信頼関係を築くことが私の願いだ。
こればかりは始まって見なければわからない。
そう、まずは始めなくては...
モデル魂 (再掲)
数年前、TBSのドラマ「ケイゾク」で、
中谷美紀演じる“柴田 純”の名セリフに 「刑事(デカ)魂ですね!」というのがありました。
柴田は肯定的に“古き良き...”的に捉えているようでした。
以前、「モデルと女優の境界線」について書きましたが、
女優に“女優魂”があるなら、モデルにも“モデル魂”があって然り、ではないでしょうか?
私がモデルの方にお会いできるのは撮影会しかありません。
この“撮影会”、私にとっての位置付けと、
モデル、エージェントサイドの位置付けの標高差はいかなるものなのか?
「“モデル魂”見せてみい」、と心の中で叫ぶ。
だけど「俺の生き様を見とけ」とは言いきれない...
Bijin (再掲)
美しい女性について考える...
愛される女性について考える....
TPOをわきまえた女性
背筋が綺麗に伸びている女性
突然の来客でも冷蔵庫の余り物で酒の肴を作れる女性
文字の美しい女性
語尾を揚げて話さない女性
お酒に強い女性
食べ物の好き嫌いのない女性
秘密のある女性
秘密を守る女性
クローゼットに黒い服がたくさんある女性
クローゼットに入りきらない靴箱が溢れている女性
おごられるばかりでなくおごる女性
友達の多い女性
男友達の多い女性
嘘は苦いと知っている女性
一番悪い嘘は黙ることだと知っている女性
私の心の母が語る美人の定義のひとつ、
“眉山は目尻の真上、眉尻はアイラインと平行に引く”
眉美人は意外と少ない...